おはようございます。
「AIが進化したら、人間の仕事はなくなる」
「そのうち、人間は必要なくなるのではないか」
こうした話を聞くと、不安になる方もいると思います。これから社会に出る若い人も、長年の経験を積んできた人も、自分の仕事の先行きが気になるのは当然です。

私も経営者として、AIと人間の関係について考えます。会社にとって何ができるのか。社員の働き方はどう変わるのか。そして、便利さの先に、どんな世の中をつくりたいのか。
今日は、「AIが進化すると、人間は必要なくなるのか」という問いを、少し身近なところから考えてみたいと思います。
まず私は、人間が必要なくなるとは考えていません。ただし、仕事の中身や、人に求められる役割は、大きく変わっていくと思っています。
この二つは、分けて考える必要があります。
ある作業を機械に任せられるようになることと、その作業をしていた人の価値がなくなることは、同じではありません。まして、人間の価値そのものを、仕事の速さや生産性だけで決めることはできません。
私たちは、誰かより早く計算できるから家族を大切にするわけでも、効率よく働けるから友人と付き合うわけでもありません。その人と過ごした時間や、助けてもらった記憶、一緒に笑えることに意味があります。
人間が必要かどうかを、仕事の処理能力だけで考えると、大切なものを見落としてしまいます。
とはいえ、仕事の変化を軽く見ることもできません。
例えば、今まで時間をかけて作成していた文章の下書きや、情報の整理を、AIに手伝ってもらう場面を考えてみます。そこで作業時間が短くなれば、その仕事に充てる人数や時間の配分を見直す会社もあるでしょう。
「人間にしかできないことがあるから大丈夫」と言うだけでは、不安への答えにはなりません。今のやり方のままで、同じ仕事がずっと続くと考えるのは難しいと思います。
だからこそ、会社にも、働く一人ひとりにも、準備が必要です。
私たちボウケンの仕事に当てはめると、分かりやすいかもしれません。
お客様から、天井裏で音がするというご相談をいただいたとします。現場の情報を整理する、確認項目をまとめる、報告書の文章を整える。こうした場面では、AIに手伝ってもらえる余地があります。
しかし、お客様のお話は、最初からきれいに整理されているとは限りません。
「夜中に音がした気がする」
「家族は気にしなくていいと言うけれど、私は怖い」
「以前も別の業者に頼んだことがある」
一つのご相談の中に、建物の問題、過去の経緯、ご家族の考え、不安な気持ちが重なっています。
そこで必要になるのは、入力された情報への回答だけではありません。何を確かめるべきかを考え、現場を見て、質問し、お客様が言葉にしきれていないことにも耳を傾ける。そのうえで、できることと、まだ分からないことを丁寧に説明する役割です。
仮にAIが対策案を示したとしても、そのまま施工してよいとは限りません。建物の状態や安全性、施工後の使い勝手まで確かめる必要があります。誰が内容を確認し、どう説明し、最後まで責任を持って対応するのか。会社として、この仕組みを曖昧にしてはいけないと思います。
ここに、これから人が磨くべき力があるのではないでしょうか。
私は、AIを使う時代ほど、「よく見る」「よく聴く」「確かめる」という基本が大切になると考えています。
もっともらしい文章ができると、理解できたような気持ちになることがあります。整った報告書を見ると、調査まで十分にできているように感じるかもしれません。しかし、文章の完成度と、現場の確認の確かさは別の話です。
見ていない場所を、見たことにはできません。確認していない原因を、確定した原因として書くこともできません。
便利な道具を使うほど、自分が何を知っていて、何を知らないのかを意識する。分からないときに立ち止まり、詳しい人に聞く。その姿勢を持つ人は、AIを仕事の力に変えていけると思います。
反対に、答えが出たからといって確かめることをやめてしまえば、自分の判断力を育てる機会も減ってしまいます。
若い社員の教育についても、考え方を工夫する必要があります。
これまで新人が経験を積んできた資料づくりや情報整理を、AIが手伝うようになったら、空いた時間に何を学んでもらうのか。そこまで設計しなければ、仕事は速くなっても、人が育たないということになりかねません。
例えば、AIが作成した報告書を読み、現場写真や記録と照らし合わせる。どこが正確で、何が不足しているかを説明してもらう。先輩がその判断の理由を伝える。そうした教え方も考えられます。
答えを持っていることに加え、答えを確かめる力を育てる。これからの教育では、その比重が大きくなると思います。
経験を積んだ人にも、新しい役割があります。
長年の仕事で身につけた「この状態は少し気になる」「ここは先に確認した方がよい」という感覚には、過去の経験が詰まっています。ただ、自分だけが分かる状態では、次の世代へ残せません。
何を見て、なぜそう考えたのか。失敗したときは、どこで判断を誤ったのか。それを言葉にし、記録し、若い人と共有する。AIを活用するためにも、現場を知る人の知識や検証が必要になるはずです。
年齢だけで、新しい時代に向いているかどうかは決まりません。若い人から道具の使い方を教わり、経験のある人から判断の理由を教わる。そんな関係をつくれる会社は、変化にも対応しやすいでしょう。
そして経営者には、もう一つ考えるべきことがあります。
効率が上がったとき、その成果をどう使うのかということです。
同じ仕事が短い時間でできるようになったなら、お客様への説明を丁寧にすることもできます。社員の負担を軽くすることも、教育に時間を使うこともできます。新しいサービスに挑戦する余地も生まれます。
一方で、短縮できた分だけ次の仕事を詰め込み続ければ、社員はいつまでたっても楽になりません。
AIを導入した結果、会社の数字は良くなっても、現場の疲れが増えてしまう。それでは、何のための進歩なのか。私は、技術の導入と一緒に、働く人の時間の使い方まで見直していきたいと思います。
社会全体でも、同じことが問われるのではないでしょうか。
AIによって生まれる利益や便利さが、どのように人々の暮らしへ届くのか。仕事が変わる人に、学び直しや次の仕事への道が用意されるのか。技術の進歩に合わせて、人を支える仕組みも考えていく必要があります。
変化についていけない人の努力不足で片づけてしまう社会では、不安は大きくなるばかりです。新しい道具を覚える時間も、教えてくれる人も、挑戦できる環境も、人によって違うからです。
AIの未来は、性能だけで決まるものではありません。それをどう使い、何を大切にするかという、私たちの選択にもかかっています。
ここで、仕事から少し離れて考えてみたいと思います。
前回、ギターと音楽について書きました。仮に、自分より上手な演奏を機械ができたとしても、自分でギターを弾く楽しみまで消えるでしょうか。
何度も練習した曲が、ようやく弾けた。家族が聴いてくれた。友人と音を合わせて笑った。その時間には、上手さの順位では測れない価値があります。
料理も、スポーツも、旅行も、誰かとの会話も同じでしょう。私たちは、最も効率のよい結果を得るためだけに生きているわけではありません。やってみること、感じること、人と関わること自体に意味があります。
仕事でも、趣味でも、人間がAIとの能力競争だけに追われる必要はないと思います。
大切なのは、任せられることを見極めながら、自分は何に時間を使いたいのかを考えることです。会社として、どんな価値をお客様に届けたいのか。家族と、どんな時間を過ごしたいのか。その目的まで、道具任せにしないことです。
「AIが進化したら、人間は必要なくなるのか」
私の答えは、人間の役割を変えながら、人間の暮らしを良くするために使っていきたい、ということです。その未来は、待っていれば自動的にできるものではありません。
ボウケンも、新しい技術を学び、取り入れていきます。同時に、現場で確かめる姿勢、お客様の話を聴く時間、社員が育つ機会を大切にしていきたいと思います。
便利になった分だけ、誰かの困りごとに、もう一歩踏み込める。そんな進化を、私たち自身の仕事で実現していきたいですね。
株式会社防除研究所
代表取締役 梅木厚生